おもろチャレンジでヨーロッパに行ってきた

本記事は、Kyoto University Advent Calendar 2019の11日目の記事です。 

10日目はnosukeruさんのもっともコスパの高い食事戦略とは?でした。カロリーを値段で割ったコスパ表がかなり見やすくまとめられてて、かなり参考になりました。最近、栄養が足りてないので、この記事を参考にして、コスパのいい食事で、効率よく栄養補給したい〜〜

さて、今日は11日目ということで、今年2月に参加したおもろチャレンジでのヨーロッパのバイオリン工房巡りについて書いていきたいと思いますが、調査内容は、大学のサイトにまとめてあるので、今回は、そこには書ききれなかったことを書いていきたいと思います。

自己紹介

僕は工学部工業化学科2回生で、学校では化学工学を中心に学んでいます。また、中高生向けのプログラミングスクールでAndroidアプリ開発の講師として働いており、javaやkotlinについても勉強してます。ブログは自分の備忘録として最近始めましたが、今回この機会をいただいたので、参加させていただきます。

はじめに

おもろチャレンジとは、以下に引用がありますが、まとめると、30万円あげるから、海外で興味のあること調べてきてねっていう趣旨の神がかった留学制度なんです。

「おもろチャレンジ」は、WINDOW構想に掲げられた「野生的で賢い学生を育てたい」、「異文化を理解し国際的に活躍できるグローバル人材を育成したい」という総長の想いを実現するための新しい体験型海外渡航支援制度です。既製の留学ではなく、学生の主体的に海外で学んでみようという意欲を後押しすることを目的として、京大卒業生財界トップによる総長支援団体である「鼎会(かなえかい)」の全面的な支援によって2016年度に創設されました。

学生が自ら渡航先や活動内容をまとめた渡航計画書によって審査され、採択された場合は活動に対して30万円の支援を受けることができます。

京都大学 おもろチャレンジ

しかも、応募条件はA4一枚の用紙に、渡航の目的や意気込みなどをまとめるだけ!成績も英語の試験の点数もいらないのです。

まさに神。

僕は入学前に、大学在学中にお金を貯めて、ヨーロッパに行きたいと思っていましたが、この留学制度の存在を知り、この制度を使って、ヨーロッパを旅したいなと思いました。

昔からバイオリンを習っていたのと、自分が使っていた楽器がフランス製であったこと、実家が町工場をしているをしていることなどを混ぜ合わせて、テーマを絞り出して(こじつけて)、応募することにしました。

一度落ちても、受かるまであと3回は挑戦できるなくらいの意気込みで応募したら、運よくいけることが決まりました。

渡航準備

受かった以上は行くしかありませんし、調査するしかありません。渡航前は、日本の知り合いのバイオリンのディーラーさんのところにお邪魔して、バイオリン作りで有名な都市について聞いたり、本をいただいたりして、大体行きたい都市の目星をつけました。

そこから、そこの都市で有名な工房や博物館など、バイオリンに関することは調べました。現地のバイオリン博物館はすぐで来るのですが、英語で検索しても現地の職人さんの記事はあまり出てきません。日本人の職人さんもネット上でのインタビューでは出てきますが、なかなかどこの工房にいるかまでは載ってませんでした。だから、出国までは一軒しかアポが取れてない状態で、現地に向かうことになりました。。。汗

万全とは言えない準備の中で、出国することになり、しかも初めての一人旅&ヨーロッパだったので、渡航前はかなりビビってました。

渡航日程

いよいよ2月になり、出国しました。渡航日程は以下の通りです。
1〜2日目  イタリア・ミラノ
3〜5日目  イタリア・クレモナ
6〜7日目  イタリア・ヴェネツィア
8〜9日目  フランス・パリ
10〜11日目 フランス・ミルクール
12〜13日目 ドイツ・ミッテンヴァルト
14〜15日目 オーストリア・ウィーン
16日目   ドイツ・ニュルンベルク
17日目   ドイツ・ブーベンロイト
18日目   ドイツ・フランクフルト
19日目   ドイツ・シュツットガルト
20日目   ドイツ・ミュンヘン
21日目   ドイツ・フランクフルト

こうして書き出してみても、忙しい旅だったなと思いますw
下図のピンの立っている都市をEUの電車・バスが乗り放題になるユーレイルパスを使って周遊しました。

ピンの立っているところが自分の旅した都市です

1カ国目 イタリア

ミラノ

1都市目はイタリアのミラノでした。マルペンサ国際空港からバスに乗って市内に行きました。

ここでは市内の一泊1000円のホステルに3泊ほどして市内を観光したり、博物館を見学したりしました。

ホステルは6人1部屋で、メキシコ人、フランス人、チリ人、イギリス人など様々な国籍の人が寝泊りしていて、夜はパブでみんなで飲みに行ったり、カウチサーフィンのイベントに参加したりと充実していました。

食べたもので特に美味しかったのは、ラザニアとティラミスで、これは死ぬまでにあと3回は食べたいですね〜〜

めちゃめちゃ平和でしたが、有名なドゥオーモの前でアフリカ系(セネガル人)のチンピラに絡まれて、ミサンガをつけられて、金銭を要求されたのだけは、ちょっと怖かったです。

10ユーロ(1200円)ほど渡して、さっさと逃げれたのでよかったですが、ゴリゴリのアフリカ人に囲まれるのはなかなかない経験でビビりました汗

クレモナ

続いてはクレモナに行きました。ここは言わずと知れたバイオリン製作地として、かなり有名な街です。耳をすませばの聖司くんがバイオリンを製作を修行しに旅立った街でもあるので聞いたことある人もいるかと思います。

ここでは1泊3000円ほどのホステルに滞在して、博物館や工房やバイオリン製作学校を巡っていました。

アポは一軒しか取れなかったので、その他の工房は、用意してきたイタリア語の自己紹介文を片手にピンポンを押して、怪しい者ではないことを伝えて(すでに怪しい)、取材させてもらいました。ほとんどの職人さんたちは、ほとんど英語を話せたので、主に会話を通して、インタビューしていました。

しかし、自分の英語力では、聞きたいこと全てを聞くのは厳しく、困っていました。そんな時に、国立弦楽器製作学校(下の写真)を発見し、窓から製作している様子を覗いていました。すると、アジア系の女の子と目が合い、「入りたいの?」と英語で聞かれました。「yes」というと、「日本人の子が中にいるから、おいでよ」と言われたので、恐る恐る正面玄関から入って、教室へと入りました。

そこに日本人の生徒さんがいて、仲良くなったので、職人の人に聞けなかった細部の工程やバロックバイオリンの装飾など、たくさん質問することができました。他にも、その方が修行しているコントラバス工房にお邪魔したり、ランチを一緒に食べたり、とても刺激になりました。

ホステルでも、難民支援をして働いているイタリア人と一緒に寝泊りをして、知らないことが聞けて、面白かったです。また、地図帳でしか見たことのなかったポー川を実際に見れたのは感動しましたw

ヴェネツィア

続いて、3都市目はヴェネツィアです。ここは水の都として、誰しも一度は聞いたことがある都市ではないでしょうか。

この都市では仮面舞踏会が2月に開催されるので、仮面が街の至る所で販売されていました。僕も買いましたw

ここでは、ヴェネツィア合奏団の生演奏を聞いたり、弦楽器博物館を巡っていました。

この街はヴィヴァルディの生まれた街としても有名なので、合奏団の演奏もバロック音楽が多かったです。日本だと仰々しく感じられるクラシックもここでは街の中の文化として根付いており、安く・カジュアルに演奏を楽しめたのが心地よかったです。さらに本場の演奏ということもあり、涙が出そうになるくらい素敵で、終わり頃には魂は昇天していました。

物価が高くて、あまりまともなものは食べれませんでしたが、八百屋のフルーツや、スーパーのお菓子を海辺で食べているだけでも、どこか満たされるような気持ちになりました。

2カ国目 フランス

パリ

続いては、ヴェネツィアからテロ(Thello)という寝台列車に乗って、パリへと向かいました。車内は激狭でしたが、初寝台列車ということでめちゃめちゃ興奮しました。シャワーは浴びれませんでしたが、よく寝れて快適でした。(下の画像のところに6人で寝ました。)

パリでは、ローム通りという楽器街で、クレモナで行ったような調査をしたり、楽器博物館に行ったりしながら、ルーヴル美術館やエッフェル塔をはじめ、様々な観光地を巡っていました。

ルーヴル美術館は毎週金曜の18時以降だと、学生は無料で入れるので、その時間帯に見学に行き、生のモナリザやその他の絵や彫刻を鑑賞できました。他にもダリ美術館などで絵画や像を鑑賞したりしました。

パリで一番感動した食べ物はタルタルというフランス料理です。予備校に通っていた頃の数学の先生がパリに行ったら必ず食べると言っていたことを思い出し、食べに行くことにしました。例えるなら、焼かずに食べる生ハンバーグとか、フランス版ユッケみたいな感じで、なかなか良い例えが見つからないですが、要するに牛肉の生肉料理でした。上品な舌触りで、味付けも生肉に合った初めての味と言った感じでめちゃめちゃおいしかったです。

ミルクール

続いては、ミルクールという田舎町に行きました。ここはヴェネツィアと大都市間を結ぶ貿易の中継地点として、かつて栄え、その時に他の繊維工業など共に、楽器作りが盛んに行われるようになりました。しかし、今では楽器を大量生産していた工場もなくなり、楽器生産はかなり小規模化していました。

ここでは、博物館に行き、そこのパンフレットに載っていた工房を巡ることにしました。

着いた初日が日曜日だったので、工房も飲食店もほとんど空いておらず、博物館だけ見学に行き、あとは散歩したり、川辺で本を読んで過ごしていました。しかし、夕方6時くらいになると本も読めないくらい暗く、そして寒くなり、外にいると凍死しそうでした。たまたまやっていたピザ屋も7時に閉店してしまい、一人で教会前のベンチでピザを食べている時は泣きそうになりました。。。

しかし、バス停に向かう道で一軒の怪しい雰囲気のスナックを発見し、寒さに耐え切れないのもあり、恐る恐る入っていきました。常連っぽい人とバーのママに不審そうな目で見られたので、バイオリン職人に見せるようのフランス語自己紹介シートを見せて、なんとか居させてもらえることになりました。そこで、常連のおじさんがgoogle翻訳を使って、話しかけてくれ、お互い共通の言語は話せないけれど、ITの力を使って、なんとか会話することができました。仲良くなった印に軽いお土産までくれ、さっきとは違う意味で泣きそうになりました。

この温かい気持ちのまま、バスに揺られてホテルに着くと、そこは受付も泊まっている人もいない廃墟みたいなホテルでしたw 部屋には、布団のないソファベッドが置かれており、寒く、怖い思いをしながら寝ました。。。

次の日は工房調査しました。日本の宮内庁に弦楽器を贈呈した職人さんや奥さんが日本人の弓製作職人のハンガリー人の弦楽器職人さんなど、日本にゆかりのある職人さんと運よく出会うことができ、クレモナやパリとは違う話を聞けたのがおもしろかったです。

夜は、そのハンガリー人の職人さんのお宅で、日本人の奥さんによる日本食をごちそうになり、とても温かい気持ちになりました。

そんなこんなで、この街はいろんな意味で思い出に残る都市でしたw

3カ国目 ドイツ

ミッテンヴァルト

続いては、ドイツのミッテンヴァルトに行きました。ここもミルクールと同じように、大都市間の貿易中継地点として楽器作りが盛んに行われた都市でした。北アルプスにあることから、林業が有名で、そこで取れる木材を弦楽器に使用していました。

ここでは、ヴェネツィアと同じように仮面の文化が根付いており、文化的にもおもしろい街でしたし、山岳地帯ということで、スキーやスノボをして楽しんでいる人も多く、次来る時は、ここでスキーをしに行きたいです。

また、田舎町ということで、ホステルもなく、ヨーロッパに来て初めて一白7000円もする宿に泊まれて、久々にぐっすり寝れたり、美味しいご飯も食べたりと、とてもリラックスできた都市でした。

4カ国目 オーストリア

ウィーン

この都市は音楽の都ということで、国名よりも都市名の方が有名なくらい聞き馴染みのある都市ではないでしょうか。

この都市では、オペラを鑑賞したり、モーツァルトハウスや民族博物館や楽器博物館に行ったりと、ほとんど観光をしていました。

国立歌劇場(下の写真)で公演されるオペラを、2時間ほど並んで立ち見席で、4ユーロほどで鑑賞できたり、他にも教会なので開催されているオペラを安く気軽に鑑賞することができました。

さらに、ウィーンはカツレツが有名で、レモン汁をかけたり、いちごジャムを付けたりして、カツレツを食べます。最初は抵抗があったのですが、食べてみると抜群に美味しかったです。

3ヵ国目 ドイツ

ニュルンベルク

続いては、再びドイツに戻り、ニュルンベルクという都市に行きました。ここは次のブーベンロイトに向かうため、一日滞在しました。

ここでは散歩したり、ビールを飲んだり、肉を食べたり、まったりと過ごしていました。この街では小さなソーセージが有名で、これまた絶品でした。

ここは、クリスマスマーケットで有名な都市なので、クリスマスシーズンにドイツに行かれる方は立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

ブーベンロイト

この都市は、かつては、バイオリンの大量生産で有名な都市でした。しかし、工業の中心が中国に移行したことで、バイオリンの大量生産は今は行われてはいません。

この街では、弦楽器博物館へ見学に行きました。この街はバイオリンの製作以外にギター製作やペース製作もされており、かつて、ポールマッカトニーはここで製作されたベース(下の写真)を使用していました。

この博物館のおばちゃんに案内されながら、館内を巡っていると、この街は、戦後、バイオリン製作のできるチェコスロバキアの移民たちが、この街に移住してきたことで、バイオリンの街として有名になったという興味深い話が聞けました。最近、移民問題というと悪い側面ばかりが取り沙汰されていますが、このブーベンロイトのように、移民によって新しい文化が出来上がった都市もあるということを考えると、移民を受け入れることで新たなメリットもあるのだなと感じました。

シュツットガルト

この都市では、去年ベトナムで仲良くなったドイツ人の友達に会いに行きました。

ドイツということもあり、ベンツで迎えに来てくれて、ドライブをしたり、おすすめの店で食事をしたりと楽しいひと時を過ごせました。

彼らもみんな両親が移民であるということをその時に初めて知りました。しかし、移民であるけれど、ドイツ、そして親たちの出身国の両方ともに誇りを持っていました。日本でも最近外国からの移民が増えていますが、悪いところばかりを見るのではなく、共に共生するための方法を考えていくことも、これから少子高齢化がますます進んでいく日本にとっては大事なことじゃないのかなということを彼らと話しているときに感じました。

ミュンヘン

ミュンヘンはドイツの中でも、音楽都市として有名な都市で、近年楽器屋のみならず、楽器工房の数も増えている都市です。ここには、パリで知り合った日本人の職人さんに紹介していただいた日本人の職人さんにお会いするために訪れました。

この都市の工房では、ドイツにあるマイスター試験に合格するために、毎日奮闘している日本人の職人さんのお話に感銘を受けました。また、他の都市ではあまり見られなかった仕上げの工程についてのお話などもお聞きすることができて、勉強になりました。

また、散歩している時に見つけた屋台で、カリーヴルス(下の写真)トというソーセージを食べたのですが、これもまた絶品ソーセージでした。

フランクフルト

やっと最終都市フランクフルトですw

ここはシュツットガルトやミュンヘンに移動するために泊まっていた都市なので、あまり観光ができませんでした。。。

ただ、有名なレーマー広場(下の写真)やマインタワー周辺を散策したりして、少しばかり雰囲気を味わえたのでよかったですw

最後に

長くなってしまいましたが、このブログにもまだまだ書き切れないほど、この旅でいろいろな経験をすることができました。そんな経験をさせてくれた京大には感謝しかありません。この記事を読んで、おもろチャレンジに興味を持ってくれる人が少しでも増えてくれれば、嬉しいです。最後になりましたが、このような駄文にもかかわらず、最後まで読んで下さり、ありがとうございました!!